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Prize
今野健太
Prize Statement
私は今野健太さんの「ビーナス」を購入しました。
選ぶにあたり、私の初恋が関係するものですから、そのことを書きます。
その日は雨でした。
高校の門を出てすぐのところに交番と長い横断歩道があり、そこで傘をささずに女性が信号待ちをしていました。
隣のクラスの女性だと気がつき、可哀想に思い、持っていた折りたたみ傘を貸しました。
その後この女性に初恋をするのですが、後日傘を返してもらえるようにお願いして、そそくさとその場を立ち去りました。
駅まで同じ道でありながら。異性にどのように接すればよいものか分からなかったからです。
雨の日以外、私は自転車で高校まで通っていましたから、その女性との思い出は雨の日のことばかりです。
情けないことに、人目を気にして学校ではほとんど話せませんでした。
ある雨の帰り道、たまたまその女性を見かけ、意を決して声をかけました。
やはりどこか気になっていたのです。
何を話したのか今となっては覚えていませんが、一生懸命話したのは確かです。
別れ際にこう思いました、また一緒に帰りたいなと。
失礼な言いかたですが、その女性は美人でも可愛い感じでもなかったのですが、
余韻を残すというか、その柔らかな雰囲気に何とも表現できない気持ちになりました。
それからの雨の日、お互い何となしに待って帰るようなります。
でも考えれば考えるほどに、私は言葉が出なくなりました。
他愛のないことも、相手のことも、自分のことも、話そうと事前に考えていたことも、大切なことも、
ほとんど何も話せなくなって、私はどうすれば良いのか分からなくなりました。
雨がやむように、この話も終わります。
電話をしたり、休日に遊びに行ったりしたものの、結局上手くいかなかった。
今回、ありがたいことに3331アートフェアの選者としてお招きいただき、初日に伺いました。
今野さんの作品を拝見し、気にはなったものの購入はしませんでした。
でも何だか忘れられなくて、日を改めて今野さんの作品を拝見しに再訪します。
そして「ビーナス」を見たとき、初恋の人から感じたあの余韻をふと思い出したのです。
私は、話すことも文章を書くことも苦手です。
でもそれを言い訳にするつもりはありません。
心を開いて自分の気持ちを、相手に正しく100%伝える努力をすること、
私が初恋で得たこの教訓を、私は今でも疎かにしてしまいます。
それを忘れないためにも、私は今野さんの「ビーナス」を購入しました。
「ビーナス」を見るたびに、私が忘れてはいけないことを再確認できそうだからです。
今野さん、アルマスギャラリーとアーツ千代田3331の皆様、この度はありがとうございました。
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1981年12月3日生まれ、ケーキ、水泳と写真が好きです。今までに購入した写真は、東松照明「チューインガムとチョコレート」1960年代のヴィンテージ・プリントから志賀理江子「Lilly」のCプリント、ロリンツィー・ギオルギー「New York,New York」の小さなヴィンテージ・プリントからライアン・マッギンレー「Moonmilk」の大きいプリントまで、私の心はいつも何処かに行ったり来たり。
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