Artists

Artists

久保田 沙耶

Saya Kubota

Selection-GYM(2F 体育館)Selection-GYM(2F Gymnasium)

アーティスト。1987年、茨城県生まれ。筑波大学芸術専門学群総合造形卒業、東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻修了、同博士号取得。日々の何気ない光景や人との出会いによって生まれる記憶と言葉、それらを組み合わせることで生まれる新しいイメージやかたちを作品の重要な要素としている。数種類のメディアを使い分け、ときに掛け合わせることで制作を続ける。個展「Material Witness」(大和日英基金)や、アートプロジェクト「漂流郵便局」(瀬戸内国際芸術祭)など、多数参加。

Artist Saya Kubota was born in Ibaraki Prefecture in 1987. She graduated from the University of Tsukuba’s School of Art & Design in Plastic Art and Mixed Media and earned her fine art masters and doctoral degrees in oil painting at Tokyo University of the Arts. An important element of her work is the new images and shapes generated by a combination of memories and words from casual everyday scenes and encounters with people. She continues to create works using different media in different ways, sometimes crossbreeding them. A few of her many artistic contributions include her solo exhibition “Material Witness” (Daiwa Anglo-Japanese Foundation, London) and the Missing Post Office project initiated at the 2013 Art Setouchi Triennale.

久保田 沙耶

Saya Kubota

1987年  茨城生まれ
2017年  東京藝術大学美術専攻博士号取得

2021年  「観音さまの思い込み」、倉吉博物館、倉吉
2020年  「ひとはなんていうの」、HARMAS GALLERY、東京
2018年  「Time Burns」、AISHO MIURA ARTS、香港
2016年  「Material Witness」、大和日英基金、ロンドン
2013年  瀬戸内国際芸術祭「漂流郵便局」、瀬戸内国際芸術祭、粟島

1987  Born in Ibaraki
2017  PhD in Tokyo University of the Arts

2021  "Kannon sama no omoikomi", Kurayoshi Museum, Kurayoshi
2020  "What they say", SHISEIDO THE TABLES, Tokyo
2018  "TIme Burns", AISHO MIURA ARTS , Hongkong
2016  "Material Witness", The Daiwa Anglo-Japanese Foundation , London
2013  Setouchi Triennnale "Missing Post Office", Setouchi Triennale, Awashima

http://sayakubota.net/

   

推薦者

Selector

今井 朋

Tomo Imai

アーツ前橋 学芸員

Curator, Arts Maebashi

[推薦者コメント]

 

彼女に初めて出会ったのは、2020年の宇野港だった。「なんでそんなん」と題された展覧会のパヴィリオンガールとして彼女は笑顔で私を迎えてくれた。彼女自身が、企画展の作品の一部かのように私には見えた。これまでの彼女の作品は、粟島の《漂流郵便局》や鳥取の《コレデ堂》などどちらも人々の声を聴き続けるという態度から生まれているように思う。彼女は目の前のヒト(だけでなくモノや人間らしからぬ存在も含め)を絶対的に許容し肯定することから作品を制作しているのではないか。彼女の制作はキリスト教のコンフェッション(告解)を彷彿とさせる。無数の人々の行き場のない思考や想いを受け止める場としての彼女の作品は、現代の私たちが忘れつつある信仰の姿に近い。私たちは人生という流れのなかで漂流している。どこに辿り着くのかはわからない。その現実を受け止める勇気を彼女の作品は与えてくれる。