「落書き」のための装置
※写真は参考作品です。
「落書き」のための装置
※写真は参考作品です。
Untitled Drawing #2 (by a device for “Graffiti”)
Photo by Kaoru Yamada
※写真は参考作品です。
造山運動
Photo by Ujin Matsuo
※写真は参考作品です。
Examples: Motif / Photogrammetry / Drawing
Photo by Rakutaro Ogiwara
※写真は参考作品です。
やんツー
1984年 神奈川生まれ
2017年 「大いなる日常」、ボーダレス・アートミュージアム NO-MA、滋賀
2017年 「カーゴ・カルト in KENPOKU」、常陸太田市郷土資料館梅津会館/旧コウワ、茨城
2017年 「人工知能美学芸術展」、沖縄科学技術大学院大学[OIST]、沖縄
2018年 「20th DOMANI・明日展」、国立新美術館、東京
2018年 「呼吸する地図たち」、山口情報芸術センター[YCAM]、山口
デジタルメディアを基盤に公共圏における表現にインスパイアされた作品を多く制作し、行為の主体を自律型装置や外的要因に委ねることで人間の身体性を焙り出し、表現の主体性を問う。
[推薦者コメント]
空っぽな形象だけのグラフィティ。さらにそこから人間の存在をそっと抜きとり、丸裸にされた線だけが残る。その痕跡に人影はなく、空っぽな線は空洞と化す。いき場を失った魂はさまよい、人間と機械をつなぐインターフェイスと化す。無味乾燥な機械仕掛けの線に涙腺は破壊されないだろう。感性もなければ完成もないが、にもかかわらず希望への歓声は鳴り止まない。新たなフェーズの到来に、嵐の前の静けさに、争いえぬ人間と機械の友好関係を信じるのみとなる。機械のような人間が人間のような機械と手を取り合う世界はナンセンスでクレイジーかもしれない。しかし、だからこそ見応えのある線がそこには残っているはずだ。